建築について

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熊本県アートポリス構想は建築設計をやっているものからは
ワクワクのプロジェクトでした
MAYの時、事務所で見学旅行にいきました

震災に見舞われるまでは建築家がアート作品を提示、
それを世に問い熊本県のイメージアップに寄与するという
ものだったと思います

震災後に建築はその本質を見直さざるを得なくなりました

震災で社会も建築も変わった。
個人、時代を超えたもの
暮しの条件、多様性
人間を取り巻く状況が変化している。


というコメントに象徴されていると思います

公共事業は箱物を住民に提供して経済を引き上げるという
一方通行でした

しかし今建築はは住民、自然(エコ)、災害と相互にコミュニケーションを行う
装置になっていると思われます
空間的にも時間的にも完結しておらず
新陳代謝し続けないといけないものになっています

しかし日本は建築の本質に気づいてしまいました
それは建築をすごくめんどうなものにしてしまいましたが
本来の姿だと思います

僕は学生時代からYAS・MAYの時代まで
作品主義的な趣向が強かったですが
時代と世界は変わりました
今建築は世界と蜘蛛の巣をはるようにからみあった存在に
なったのでしょう
決して単独では存在できません

上記のこと、庁舎建設に係わる住民説明会で広く町民さんの意見を聞いて
実感しているところです




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この記事へのコメント

HAL2001
2018年05月26日 11:38
熊本アートポリスは田舎の地方都市に有名建築家がトップダウン方式で作品を作るというもので、方法はどうであれ、30代の私には刺激的な出来事でした。前衛的で目新しい建物に目を奪われた記憶があります。「熊本はスゴイ事になりよるばい」といった感じでした。
30年経った今、建築を取り巻く状況は変わりつつあります。上から目線の建築家ではなく、社会の一員としての建築家像が求められていると思います。

2018年05月27日 14:17
建築の新陳代謝・・・水分前に、黒川紀章さんのご講演で伺った記憶があります。
(多分、縄文人さんの意図されていることとは違うと思いますが)。
昨日(?)の新聞に国際建築展の結果が掲載されていました。
建築のコンペって、判断基準が主観的な面が多くて、なんとなくフェアでは無いような気がするのですが・・・・
2018年05月27日 23:41
☆ウリ坊様☆
黒川紀章さんの講演に行かれましたか!
建築への関心がお高いですねえ
コンペの条件は建て主側が作りそれを基準に審査するので
そもそも私物化ではという議論があります
でも最近は公開コンペや設計にワークショップを入れたり大分、民主的になってきています^^
透明性とコンプライアンスを確保しないとプロジェクトは進めない状況です
2018年05月28日 11:32
⭐ハル様⭐
アートポリスも30年続けている努力がすばらしいです。また質の高いデザインの建物がたくさん熊本にできたことも建築に携わる者としては嬉しい限りです。まさかの熊本地震は甚大な被害がでました。建築のあり方、建築家のスタンスを変えざるを得ない状況です。ハルさんと語り研究したいところです。
ハギー
2018年05月28日 23:20
縄文人様
我々は一応プロですから結局はお客様のご要望にお応え出来る様頑張るしかないですね。結果的に喜んで頂けたら大丈夫ですが。庶民、一般人に喜んで頂けたら最高でしょうね。自分でやりたい仕事とどう折り合いをつけるかが難しい所です。
2018年05月29日 23:32
☆ハギー様☆
建築も大変になりました
使う人のためももちろんですが地震や環境にも配慮しなければなりません
使う人も職員、お客さん、議員さんと多用途
建築士はできるだけ広い視野を持ってコーディネートする立場です
なつ猫
2018年05月30日 22:16
こんばんは
確かに震災があってから
いろんなものが少しずつ変わりましたね。
地震大国でもありますから
災害に強いものへと変わっていくんでしょうね。
2018年05月30日 23:19
☆なつ猫様☆
震災があって建築はまったく次元が違ってしまいました
災害はいつどこで起きてもおかしくない
その備えをどうするか
デザインどうこうが吹き飛ぶ出来事かもしれません

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